ややや

頭の中身を取り出して虫干し

ながいまえおき

「ねえ、きれいなものを言い合いっこしてみようよ」

「きれいなもの?」

「そう。たとえば、海辺に落ちてるいろんな色のシーグラス」

「うーん、じゃあ、金木犀が散ってじゅうたんみたいに一面黄色い地面とか」

「いいね。その場所の香りもきれい」

「あっ、それなら、そのときの澄んだ空気も」

「冷たい風が吹いて、長い髪が顔を隠す瞬間も」

「あー、もうすぐ冬がくるんだなーってわかるにおいとか」

「暗くなっちゃった帰り道の、まちの光がくっきりして見えるとき」

南天の実が雨に濡れてつやつやぴかぴかしてるところ」

 

「あっためた牛乳の膜にしわが寄ったところ」

「セーターを着た人の手首」

「長ーいコートを着た人の背中!」

「光に沢山集まってくるカメムシの背中」

「えーっ、それのどこがきれいなの?」

「黄緑色がきれいだよ。見るだけならね」

「うーん…言われてみればそう…かも」

 

「白い粉がついたぶどうは?」

「それなら、白くてつるんってしてる紙にくるまれたカステラも」

「それを、うやうやしくひらく瞬間も」

「そのカステラの、光ってるみたいな黄色も」

「フォークで押したときの感触」

「口でとろけるたまごの味も」

「なんだかお腹すいちゃうね」

 

「じゃあ、くっきり浮かぶ丸い月!」

「反対に、もう見えないくらい細ーい月」

「まばらに降る雨が何かに当たってぱらぱら言う音」

「眠れない真夜中に聞く、風が強く吹く音」

朝顔を洗ったら、はじめて水がつめたく感じるとき」

「はじめて息が白くなったとき」

「それを発見したときの友達のかお」

 

「きれいなもの、いくらでもあるね」

「そうだね。また言い合いっこしようよ!」

「うん。それまでにもっと沢山、きれいだなって思うものを見つけなきゃ」

「そんでちゃんと、覚えとかなきゃね」

 

 

 

あとがき:

心がすさんでいる気がしたので、春はあけぼの的に「をかし」と思うものを羅列したかった文章。

をかしとか、エモいとか……言葉にしてしまえば、似たようなフィルターで写真に収めてしまえば、直ちに陳腐化されてしまうような沢山の物事を、いかにそのままの状態で保存できるか度々考える。

自分が文章を書く原動力は、それがほとんどかもしれない。現実にないものを具現化する・現実よりも派手に見せることよりも、剥製や標本のようにいつでも同じ鮮明さで見返せるようにすること。言葉が少し違っても、リズムが悪くても情景や体験は立ち上ってこない。

願わくは、他の人にも同じ温度や匂いや色や…が伝われば、と思いつつも、現実は自分で読み返しても「なんかわかるけどちょっと違うな~」程度だから難しい。まあ大体そんなもんだなあ。