ややや

頭の中身を取り出して虫干し

おはなし

「ちきう、きれいね」
今夜は十五夜、B地区はたいへんな賑わいだ。
子供も大人もみんな集まって暗くて明るい空を見上げる。
月に1度の宴に並ぶのは、美味しいご飯に、楽しい音楽。
飲めや歌えや、それでいて乱痴気どんちき騒ぎではなく、お空の明かりのもとでしっとりと踊る、そんな夜。


「ちきう、どして、青いの?」
「地球にはね、お水があるからよ」
「おみず?」
「つめたくて、きらきらしているのよ。お水はね、覗き込んだものを映すのよ。ほら、少し大きな星のかけらみたいに。
地球には、お水がたくさん、ほんとうにたくさんあって、そのたくさんのお水がお空を映すの。青いお空を映したお水がたくさんあるから青いのよ。
地球の生き物はみんなお水を飲んで生きるのよ」
「おみず、のむもの?」
「そう、わたしたちが星屑のジュースを飲むみたいに、お水を飲むの。ねずみたちがほしぼしの中を泳ぐみたいに、お水を泳ぐ生き物もいるの」
「おみず、およぐの」
「そう」


今宵は月うさぎの子供たちも夜更かしで、青く浮かんだ地球を眺める。
「ちきう、きれいねえ」
「そうね」
「ちきうにも、おいしいもの、たくさん、あるかな」
「どうだろうね」
「ちきうにも、ねこ、いるのかな」
「いるのかもね…」
………


「こないだは、流鼠群がいちだんとすごかったそうね」
「おかげでC地区はてんてこ舞いだそうよ」
「どうりで今月は豪華なのね」
「あなた、三毛猫はもうお試しになりましたか」
「ええ、ええ、あの甘じょっぱいのが癖になりますね」
「おかあさま、もういっぴき食べてもいいかしら」
「もう、あとひとつにしておくのよ」
「うちの子、黒猫が大好きでしてね、すぐに2、3平らげてしまうんですのよ」
「そういえば、今月はペルシャもいくらかありましたわね」
「わたし、お隣さんにお願いして少しいただきましたわ!エスニックでとっても素敵でしたのよ」
「まあ!羨ましいわ」
………

などと大人も子供も夢中になるもの。
それは猫である。


月に住むうさぎたち、月うさぎ。
彼らは宇宙を翔ける鼠を網で掬って捕まえ、食べる。
集めた星屑と一緒にこねると、ぷくーと膨らんで少しふわっとする。月のそこここにある穴ぽこに埋めて3日ほど置いておくと、塩気が増す。そんなふうにいろんな食べ方で鼠を食べるのだ。
しかし、月うさぎたちは捕まえた鼠をいっぺんに全部食べたりはしない。
月うさぎたちの居住区であるB地区のお隣、C地区には一帯をぐるりと囲む柵がある。
捕まえた鼠の半分はそこに放しておいて、残り半分を食べる。月うさぎたちは案外少食なのだ。

柵の中でちょろちょろと動き回る鼠はなんのためか、それは猫をおびきよせるためである。
宇宙をふらふらとさまよう猫は、鼠のキイキイだとかぴいぴいだとかちゅうちゅうだとかいう鳴き声を聞きつけると、ぴしゃっと飛んでやってくる。
そうして月にやってきて、鼠を追いかけて夢中になっている猫を捕まえて、地球が十五夜の日の夜に、ご馳走として食べるのだ。

猫を捕まえる方法はこうだ。

星屑の、くずくずになったものを太陽の熱にあてて(太陽の近くを通るとき、こぼれる熱いしずくを拾って、瓶に溜めておいて少しずつ使うのだ)溶かす。そうすると甘いような爽やかなような不思議な匂いがしてくる。
この匂いが猫を虜にするのだ。
溶かした星屑のくずくずを、C地区のいちばん大きな穴ぽこに溜めておく。
鼠を追いかけて疲れて喉が渇いた猫がそれを飲みにやってくる。
ひとくち舐めれば猫はめろめろになってしまって、半分眠ったような、半分酔っているようなふうになって大人しくなる。
この溶かした星屑のくずくずは、食べるときに猫からふわっと香るので、香味付けの役割も持っているのだ。



「おねえちゃん、あのサバトラ猫はどんな味なの」
「あたし一度食べたけれど、あれは少し苦いわ。おかあさま達は美味しいって言ってたくさん食べていたけれど、あたしは一口でいらなくなっちゃった」
「あれはねえ、大人な味なのよ。星屑酒がすすむの」

ペルシャはどんな感じでしたの?」
「お箸で掴むともうほろっと崩れてしまいそうなほど柔らかくて、口の中でふわふわと溶けるんですのよ」
「まあ、素敵ね。一度食べてみたいわ…」
「次の流鼠群もまたすごいらしいですから、またチャンスがあるかもしれませんよ」

「おにいちゃん、あたし、黒猫もいっぴき食べたい」
「またか。これで最後だよ。ちょっと待ってなね」
「あたしももうすぐおにいちゃんみたく、上手にお箸使えるようになりたいな」


今夜のB地区はこんなふうにあちこちが賑やかだ。


猫たちはお鍋に盛られている。黒や白やグレーや茶、色んな色の猫が並んでいる。
月うさぎたちはそれを箸でつまんで食べる。
猫のちょうど前足の付け根の下に1本を、そしてもう1本を背中側にあててきゅっと掴むと、猫はされるがままに落ち着く。
手でつかもうとするとするりと交わして逃げてしまうので、まだ箸を上手く使えない子供は代わりにとってもらわないといけないのだ。

「あーんしな」
「あーーーーん」
猫は頭をすっぽり口の中にしまわれると動かなくなる。そのあとひと思いに吸い込むと、口の中でもちもちして、3回くらいもちもちしたら飲み込み時だ。
月うさぎたちには歯がない。もちもちを楽しんだ後は、つるんと通るのどごしを楽しむ。


「ちきう、青くて、きれいね」
「そうね」
「ねこ、もちもち、つるんで、おいしいね」
「そうね」
「ちきう、ねこいるかな。いたら、青くて、きれいで、おいしくて、すてきね」
「それはとっても素敵ね」
「ね…」
………


「もうすぐ、夜が明けるよ」
「あらもうそんな時間かしら」
気づけば子供たちはすっかり夢の中で、朝日がのぼりはじめている。
「さて、締めに移りましょうか」


宴の後は、残ったねこをつく。
臼にねこを入れて、柔らかい杵でぺったんぺったんするのだ。途中で少し、星屑を混ぜると風味が良くなる。
ぺったん、ぺったん、ぺったん
リズム良くついていると、伸びが良くなって段々と杵を上げる高さも高くなる。
ぺったんこー、ぺったんこー、ぺったんこー
ふわふわもちもちにつきあがったねこは、帰りの手土産になる。

こうして月に1度の宴は終わり、月うさぎたちはまたそれぞれの仕事に戻ってゆく。
こぼれる太陽のしずくを集めるもの、星屑を集めるもの、それらをふるいにかけて仕分けるもの、星屑からジュースや星屑酒をつくるもの、鼠を捕まえるもの……
皆がみな、月に1度のこの日を楽しみに1ヶ月を過ごすのだ。


「おかあさま…」
「あら、目が覚めたかしら」
「ちきうで、ねこを見つけたよ」
「夢を見たのね」
「ちきう、おかしなところだったよ」
「どんなところ?」
「おみず、たくさんあって、そんで、ねこのいるところ」
「そうなの」
「ねこは、ちきうから、やってくるのよ」
「うふふ、そうなの、おもしろいわね」
「ちきう、おいしくて、きれいなとこだったね」
「ふふ、そうね」




オチも何もありません。
ドイツ語学の授業で、「月が箸で猫を食べる」という文が期せずして出来上がったので、なんだかその滑稽な響きが妙に気に入って書いてみたのみ。
レポート書けよな。いつかこの絵も描きたい。